先天性色覚異常について
1. 目はどのようにして、色を捉えているのでしょうか?
昔から『目で見る』といいますが、目はものを見るプロセスのだい一歩で、眼自体にはものをみて判断する機能はありません。眼から入った情報は、視神経、外側膝状体、視放線を経由して、後頭部にある視覚の中枢に到達して、そこで視覚情報の処理が行なわれます。眼はその意味で「視覚の第一ニューロン」とよばれています。これは理解するのが難しいのですが、色については絶対的な色は存在しないのだという事が大切です。色覚は人がある物体から反射して来た光線をどのように感じ取るかという、あくまでも自覚的 (subjective)な感覚なのです。光は角膜、水晶体、そして硝子体の中間透光体を通過して、網膜に達します。色覚の識別は網膜のなかの視細胞のひとつである錐体細胞(すいたい、Cone)を通しておこなわれます。ヒトには短波長(419nm, 青色)、中間波長(531nm,緑色)、そして長波長(558nm, 赤色)に対してそれぞれもっとも感受性の高い色素をもった3種の錐体細胞があります。この3種類の錐体細胞の分布は異なり、特に短波長(青色)に対して感受性の強い錐体細胞は網膜中心部では非常に少なくなっています。このようにヒトの網膜には、「光の三原色」にほぼ相当する青、緑、赤という3種の色光によく感ずる機構が備わっているといえます。網膜の錐体で受理された色の情報は更に複雑な神経細胞による処理を受けて、大脳後頭葉にある視覚中枢に達し、さらにそこでの情報処理が行なわれます。
2. 色覚異常とはどのような状態をさすのでしょうか?
色覚異常とはそのひとの色覚が、先天的あるいは後天的な原因により、正常色覚の範囲にない状態をいいます。今回は先天的なものに限定して述べるので、そのほとんどは赤緑色覚異常になります。また先天性色覚異常はほとんど進行しないのが特徴です。赤緑色覚異常の遺伝形式はx染色体劣性遺伝sexlinked recesive inheritance であり、女性の場合にはXXの両方の遺伝子に形質を有する場合には症状として現れ、男性の場合にはXY であるので一つ遺伝子形質があれば症状は発症します。したがって、先天性色覚異常は男性に高く(やく4.5%), 女性に低い(0.25%)なっています. 色覚異常は3要素説で考えると理解しやすいです。3要素のうち、いずれか一つの要素の機能が低下している場合に異常3色型色覚 anomalous trichromatismと称し、赤、緑、青のいずれかの機能が低下している場合に、それぞれ第1色弱(Protanomaly), 第2色弱(Deutanomaly), そして第3色弱(Trianomaly)とよばれます。また3要素のうち1要素が欠損している場合には2色型色覚 dichromatism といい、赤色の欠損している場合には第1(赤)色盲といい、同様に緑色、青色が欠損している場合には第2(緑)色盲、そして第3(青)色盲といいます。第3(青)色盲の頻度はきわめて少ないです。それぞれの頻度については第1色弱および第1色盲が2.2%, 第2色弱および第2色盲が6.0%, そして第3色盲が0.0001% と報告されている(Duke-Elder, System of Ophthalmology, Vol.IV, P.639)).
3. 色覚異常が起こる原因にはどのようなものがあるのでしょうか?
色覚異常は網膜の錐体細胞の色覚識別機能の欠陥あるいは低下によりおこるとされており、これは遺伝子レベルのプロセスになります。現在先天性色覚異常の遺伝形式についてはかなり判明していますが、先天性色覚異常がどのような原因でおこるのかはまだ解明されておらず、今後の研究を待ちたいと思います。
4. 色覚異常の状態が現れるのは、子どものころが多いのでしょうか? 生まれつきなのでしょうか? また、大人になって現われることはあるのでしょうか?
色覚異常は先天性色覚異常と後天性色覚異常がありますが、後天性色覚異常は視神経疾患、薬物中毒、そして錐体機能不全などの比較的まれな疾患に限られています。このような場合には後天的に色覚異常が出現します。また加齢性白内障などにおいては水晶体の透光性の変化から色覚が変化します。今回は先天性色覚異常についてのべており、錐体の色素識別能は先天的です。症状は人によっては全く分からないことが多いのですが、色覚検査にて判明することがほとんどです。
5. 色覚異常の人は、国内で何人くらいいるのでしょうか? 昔と比べて増えているのでしょうか?
色覚異常を有する人は男性の約4.5%、女性の0.25%と推定されています。この数字を基にして考えると、日本全体では約300万人の色覚異常者が存在すると考えられます。この頻度については近年特に色覚異常者の頻度が増加したという報告はありません。
6. 色覚異常は、日本人のみに多くみられるのでしょうか?
先天性色覚異常は日本人の特に多い訳ではありません。詳しい統計は得るのは難しいのですが、白人男性は先天性色覚異常の率は約8%であるという報告がなされています(Duke-Elder, System of Ophthalmology, Vol.IV, P.639)。Duke Elderは日本人、中国人における先天性色覚異常の頻度は白人より低い傾向にあるとしています。その他にその有病率については多少の人種的な差、地域的な差が報告されていますが、ここでは詳しいことは省略させていただきます。
7. 眼科では、色覚異常をどのように診断しているのですか?
一般眼科外来では、色覚異常検査はあまり頻度の多い検査法ではないので、そのクリニックによっては検査法になれていない事もあります。通常では石原式色覚検査表、東京医大式TOC色覚検査表そしてFarnsworth, Panel D-15検査を行い、色覚異常そしてその程度について判断する場合が多いと考えられます。
8. 色覚異常が自然に改善することは、あるのでしょうか?
先天性色覚異常が自然治癒することはありません。
9. 色覚異常は、治療によって治るのでしょうか?
先天性色覚異の治療については、数多くのいわゆる民間療法がありますが、医学的に色覚異常が治癒したというエビデンスはありません。また特殊なフィルターを使用した眼鏡の使用、また実際の訓練法なども目にしますが、いずれもその効果については確証のあるものはありません。
10. 色覚異常は悪化(色の判別ができなくなる)ことはあるのでしょうか?
先天性色覚異常は基本的にはその他の眼疾患、例えば加齢性白内障、あるいは加齢性黄斑部変性症、あるいは網膜疾患などを合併しない限り、進行することはありません。
11. 「自分の子どもが。色覚異常かもしれない」と保護者が心配している場合は、どのように指導または、アドバイスすればよいでしょうか?
「自分の子どもが。色覚異常かもしれない」と考えられたら、最も確実なのは大学病院眼科、あるいは総合病院眼科を受信して、色覚検査をうけることおおすすめします。これにより色覚異常があった場合には、その種類、程度を確実視することが出来ます。色覚検査は小学校修学前では信頼できる結果を得るのが難しく、小学校、中学年頃まで待つのが良いと思います。色覚検査は比較的短時間に終了いたします。
12. 色覚異常がある児童を持つクラスの担任の先生が、板書等で指導する際に、どのようなことを注意すればよいでしょうか(チョークの色等の注意をお教えいただければと存じます)?
・黒板(緑色)と一緒に使うのは避けた方がよい色について
・ほかに注意が必要な色の組み合わせについて など

これは難しい問題ですが、例えば近年日本眼科学会では学会」発表の際、スライドを使用する際には、出来ればさけるべき色の組み合わせを、示しています。以前は学会発表は青の背景に白地と決まっていましたが、徐々にいろいろな色彩が用いられるようになり、パソコンを使用した発表が主体となるとこの傾向はさらに著明になりました。
学校における教育では、小学校においてはスライド授業は少ないと思いますが、黒板(実際は深緑のものがおおい)の赤い色のチョークで字を書いたりするのは、さけた方がよろしいのではないかと考えられます。中学校、高等学校、専門学校、大学、大学院とスライドを使用した授業の割合は高くなると思われます。学界発表の時のみでなく、このような学校授業の時も、色覚異常者に体する思いやりは必要と思います。
13. 色覚異常がある子どもの将来の進路について、保護者あるいは担任に対して、どのようなアドバイスをすればよいでしょうか?
アメリカなどの先進国、欧米ではこどもに色覚検査をしない国が多いようです。色覚検査を行い厳しく差別をするのは、日本、韓国、中国などの国で認められるようです。
例えば日本では警察官、消防士、自衛官などには比較的厳しい色覚検査がなされており、色覚異常者が採用されることはありません。私の知識は米国がほとんどですが、色覚異常が即座に不採用の原因になってはいないようです。米国における警察官の採用基準をみてみますと、色覚異常があっても、色の識別がおおまかにできればよいとされていて、囚人服 (これはオレンジ色ですが) が識別できればよいとされており、我が国のそれと比較してかなり色覚異常者に対する制限が緩いように感じました。我が国においても将来に色覚異常者に対する差別がより緩やかなものになることを願うものです。長い未来を持つこどもたちはいろいろな夢があります。先天性色覚異常があるだけで、こどもたちのその様な夢が叶わないということを、こどもたちにいわなければならないこと、またこどもたちがそれを受け入れなければならないことはあまりにも残酷であると思います。
14. 日本で、制限される可能性のある職業についてと先生自身のエピソードを交えたアドバイス
先天性色覚異常のお子様をもたれる場合、どのようにしていったら良いのか、いろいろと悩まれているご両親は多いのではないかとお察しいたします。この項を書くにあたって、私の家族の事を皆様にあえて述べる事にしました。これから書くことは私の家族のことですので、色覚異常のこどもを持つ親の一つの例としてお読みいただけたらと思います。
私には3人の息子がおります、現在息子たちは全員米国で生活しています。年齢42−47歳です。今から約30年前の事ですが、私が大学病院の勤務からかえりましたら、妻が私に「長男が学校で色盲ではないか」といわれたといってきました。それわ何かの間違いだろうと思って、次の日早速色覚検査表を持ち帰って私が検査しましたら、長男と次男は中等度の第2色覚異常、そして3男は色覚は正常でした。妻に色覚異常の染色体遺伝形式を説明した時に、彼女が大変にがっかりしたのが今でも忘れられません。
私達はその後すぐ米国に留学して、息子たちはそのまま米国籍をとりました。長男は外科系医師、次男は機械工学の分野別に進みました。日本で色覚検査をしてから約30年後に、この2人にアメリカで色覚異常で何か不自由したこと、差別されたことがあるかとききましたところ、30年間に色覚の話題は一度も出なかったそうです。
なぜアメリカで色覚異常の検査がなされなかったのか、その理由は明らかではありませんが、色覚異常の率が我が国よりやや高いといわれている国で、検査をしないのはそれがその人を差別することになるという考えに基ずくのではないかと、私は考えています。。米国で自動車を運転された方は経験があるかと思いますが、交通信号が横並びでなく、縦に並んでいるところがあります。縦ならびの場合に一番上が赤色で、その赤色の円が他の信号より大きく見やすくなっていました。これはもちろん赤色が『とまれ』を意味して最も重要なのですが、約7−8%に存在するという男性の色覚異常者に対する思いやりが入っているのではないかと考えました。これももちろん、米国交通局に問いただした訳ではありません。質問してもはっきりとして回答はしてくれないでしょう。このとき私は色覚異常者をまるで欠陥者として拾いだし、入学、就職などで差別する一方でその人たちが働きやすくする環境を整える努力をしない日本と比較して、色覚異常者の検査はあえてしないで、バリアフリーの環境を作っている米国とでは大きな差があると感じました。現在40歳代で自分のやりたい分野でがんばっている息子たちをみると、米国に移住してよいこともあったのだなと感じます。

ここで忘れていけないのは先天性色覚異常は決して男性だけの問題でないという事です。先天性色覚異常の女性は0.25%くらいと男性と比較して低いのですが、色覚異常の遺伝子を一つ持っているいわゆるcarrierの女性はかなり多い訳です。そのような女性は遺伝形式がはっきりしているため、自分がcarrierである事を自覚してその事を悩んでいる事がまれではありません。そのために結婚に対しても消極的になるという事も私は耳にしたことがあります。先天性色覚異常はたえることはありません。色覚異常に対して今の日本のようにアレルギー状態であると、人生そのものが不幸せになる可能性もあります。色覚異常は病気ではなく、色の識別のパターンが異なるのであるというように、認識して、その問題に対しては上から押さえつけられるような形でなく、自分で対処していくような形になる事を願っています。
参考資料
大学への入学制限
以前は多くの大学が色覚異常者に対して入学制限を課しており、中には、医師免許の取得には昔から色覚による制限がなかったにも関わらず、入学者選考時に色覚制限を課す大学が多く存在した。1993年以降ほぼすべての国立大学で色覚による制限はなくなり、私立大学もそれに準じている。現在では色覚異常のために医学部入学を制限されることはない。
会社への就職制限
上述のとおり雇い入れ時健康診断における色覚検査は廃止されたが、これは雇用者が任意に検査を実施することを禁ずるものではなく、企業によっては制限を課しているところもある。
厚生労働省は、
・色覚検査は現場における職務遂行能力を反映するものではないことに十分注意すること。
・各事業場で用いられている色の判別が可能か否かを確認するだけで十分であること。
・「色覚異常は不可」などの求人条件をつけるのではなく、色を使う仕事の内容を詳細に記述すること。
・採用選考時の色覚検査を含む健康診断については、職務内容との関連でその必要性を慎重に検討し、就職差別につながらないよう注意すること。
・各事業場内において「色」の表示のみにより安全確保等を図っているものについては、文字との併用などにより、誰もが識別しやすい表示方法に配慮すること。
という指導を行っている。しかし実情としては、同じ業種であっても色覚制限の有無は企業によってまちまちである。
職種の制限
日本では色覚異常者に対する偏見が徐々に薄れ、少しずつ改善傾向にあるとはいえ、まだまだ制限がなくなったとはいえません。
各種の職種について簡単に述べますが、詳しい事は当該の学校あるいは機関にお訪ねされる事をお勧めいたします。
運転免許については普通免許に関しては色覚異常者に制限はありません。色覚異常者でも普通免許和尚の取得は可能ですが、先天性赤緑色弱のひとはやはり交通信号により注意して安全運転を心がけるべきと思います。
特殊車両については警視庁交通課にお訪ねしてください。
船舶免許も、パネルD15テストの結果が正常な程度の弱度の異常であれば、免許を取得できるようになっています。2004年からは、小型船舶に関しては強度異常であっても夜間の船舶の舷側灯の色が識別できれば免許を取得できるようになりました。これも詳しい事は所轄官庁にお訪ねください。
動力車操縦者(電車の運転士)免許試験では色覚に異常のある者の受験を認めておりません。その根拠は、国土交通省が定める、『動力車操縦者運転免許に関する省令』によるものです。また運転士以外の運転業務に就く際にも色覚が正常である必要があります。なお、鉄道会社では採用時に色覚検査を行っており、色覚に異常のある者は鉄道会社への就職はできない場合が多いのがじつじょうです。ただし、運転業務に就く可能性がない非常勤採用などの場合は検査を行わない場合もあります。
色覚異常の問題がはじめて取り上げられたのは19世紀のスエーデンにおける鉄道事故であったことより、鉄道関係は色覚異常者の採用に対しては慎重なのかと思います。
航空管制官採用試験では、色覚に異常のある者の受験を認めていません。
自衛隊では航空機パイロットと一部の整備士、潜水艦乗組員には特に厳しい色覚制限がありますが、一般隊員についてはパネルD15テストの結果が正常であれば入隊可とされています。
航空業界では、整備士、操縦士はもちろんのこと、航空機の地上支援業務を行うグランドハンドリングクルーも、現実的に色覚異常者の採用は厳しくなっています。
警察官および消防士の採用試験は、色覚異常がある場合採用は制限されています。
化学薬品を扱うような職種や電気工事を行う職種などでは、薬品やケーブルの色の判別が大事故につながり、生命の危険が発生する可能性があるため、色覚異常者の採用制限を設けている場合がほとんどである。
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